「時折、虫達が羨ましく思えるときがあります。」
そう呟いた孫兵の細い肩を、八左ヱ門はそっと抱き寄せた。
むき出しの肩口に唇をよせ、その真意を伺うように見上げる。
優しい眼差しと、温かな抱擁。
うっとりと目を閉じ、孫兵をその全てを八左ヱ門に預けた。
「虫達は、例え半身を潰されてももがきます。その命、尽き果てるまで。」
「そうだな・・・、人間とは比べ物にならないほどの生命力だな。」
「ええ・・。それはきっと、生きると言う本能しか彼らにはないのじゃないかと。」
だから必死でもがくんです。
そう呟いた声は、少し震えていた。
「何があった?」
まだ熱の残る身体をきつく抱きしめ、俯いた頬に擦り寄る。
耳朶に響いた八左ヱ門の声が、孫兵の心をさらに揺さぶった。
嫌われ者の毒虫たちも、そんな毒虫を可愛がる嫌われ者の自分自身も、全部受け入れてくれた八左ヱ門。
優しく、慈しみ、愛してくれた、初めての人。
じっと静かに孫兵の言葉を待ってくれる八左ヱ門を見上げ、逞しい腕にしがみ付いた。
「先輩が・・・戦場で傷を負う夢を見ました・・・凄く怖くて、恐ろしかった・・っ」
「孫兵・・・。」
ぽろりと零れた涙と、初めて見せた激情。
「先輩!何があっても、戻ってください。何をなくしても、生きて帰って!」
お願いです、絶対に一人にしないで下さい。
消え入りそうなか細い声。
震える身体を包みこみ、八左ヱ門は目を細める。
こんなにも想われていたとは。
自分は少し、自惚れても良いのだろうか?
微笑を称えた口元。
ニヤケを抑えることができない。
「嬉しいよ、そんなに想ってもらえて・・・。」
「お、想ってますよ・・・ちゃんと・・・先輩が好きですから・・。」
「そうか・・・、俺は幸せ者だな。大好きな孫兵に好きになってもらえて!」
「せ、先輩!」
真っ赤に頬を染めた孫兵の、咎めるような声にひと笑いし、八左ヱ門は真剣な眼差しを向けた。
「お前が望むなら、どこにいようとも、何が起きようともお前の元へ戻ると誓う。」
真っ直ぐ孫兵を見つめる目は、真剣そのものだ。
真摯な思いをぶつけられ、思わず息を飲む。
なんて強い光りを称えた目だろう。
八左ヱ門の強い眼差しが、孫兵の全てを奪っていく。
「先輩・・・好きです。ひとりには」
「しない。」
「本当に・・・?」
「ああ、お前だけは俺が守る。決して側から離れはしない。」
曇りのない眼に映る、不安そうな孫兵の表情。
打ち払うように明るく笑い、そっと口付けた。
「好きだ・・孫兵・・・
「ん!せんぱ・・・ぁ」
可愛らしい唇を啄ばみ、なりを潜めた熱を呼び起こす。
「可愛い孫兵、何を失ってもお前だけは手放してやらんよ。」
ニッと笑ってそう宣言した八左ヱ門に、孫兵は頬を染めてうなづいたのだった。
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