夏の花火
委員会活動後、小平太が懐から大きな包みを取り出した。
くたくたに疲れていると言うのに、四郎兵衛と金吾はすぐに飛びつく。
目を輝かせ見上げてくる後輩に満足したのか、小平太は得意げにその包みを広げた。
「わぁ!」
「すごーい!」
感嘆の声を上げた二人の後ろから、三之助がひょっこり顔をのぞかせる。
「あ。花火っすよ先輩。」
滝夜叉丸を振り返り、泥のついた顔で告げる。
包みから溢れんばかりの大量の花火。
一体いくらかけたのか。
小さく嘆息し、円の中に混じる。
「良かったな四郎兵衛、金吾。昨日言ったことがもう今日叶って。」
どれから始めようかと花火を手にしていた二人はそろって顔を上げ、大きく頷いた。
「なんだ、お前たち花火がしたかったのか?」
にっと笑う小平太に、昨日二人がみんなで花火をしたいと言っていた事を教えてやる。
「そりゃ好都合だったな!よし!目いっぱい花火するぞ!!!」
「「おおー!」」
「おー」
「先輩、水を用意してきますから!それまではまだ火を付けちゃ駄目ですからね!」
「えー。」
「「えー!」」
四郎兵衛と金吾が口を尖らす前に不満を漏らした小平太。
その姿は大きな子供だ。
「俺も手伝います。」
あきれ果てる滝夜叉丸に、三之助が声をかける。
「いや、お前がついてきたら余計に手がかかりそうだからいい。」
力なく笑い、三之助に小平太が先走って火をつけぬよう見張りを言い渡す。
火打石をてにうきうきしている小平太をけん制し、滝夜叉丸は井戸へ急いだ。
手桶に水を張り、重たい桶を抱えあげた。
「何してんすか?」
年の割には大人びた声が、背後からかけられる。
「きり丸か。今から体育委員会で花火をすることになってな。」
「へぇ。」
「花火大会のチケット売りのアルバイトするなよ。」
笑いながら見下ろせば、思いのほか強い目が見上げていた。
「んなしょぼい花火じゃ客は呼べませよ。じゃ。」
いつにもまして怜悧なきり丸の表情に、滝夜叉丸は首をかしげる。
皮肉屋で冷静だが、あんなに捻くれた態度を訳もなくする子ではない。
何かあったのか?
きり丸からはあまり好かれている等と思ったことはないが、金吾のクラスメイトだし気になる。
抱えた桶をいったん置き、立ち去ろうとするきり丸の肩をつかんだ。
「おい、きり丸。何かあったのか?」
「別に、何もないっすよ。離して下さい。」
感情を見せない硬い声が、余計に気になった。
何もないという態度ではない。
もっとちゃんと話しを聞こうと、滝夜叉丸がしゃがみこんだ時微かな気配。
はっとして植え込みを振り返れば、そこには小平太と同室の中在家長次の姿。
(そう言えば、きり丸は図書委員で・・・)
ここは同じ委員会の先輩に任せた方がいいのだろうか?
物静かな目を見つめれば、無言のまま頷かれる。
その意図に答えるように滝夜叉丸も頷き、立ち上がった。
うつむいたままのきり丸の頭を一度だけなでて、再び桶を抱え踵を返した。
長次がきり丸に歩み寄り、その目を覗き込む姿を確認して校舎の角を曲がる。
小平太が金吾を心配する事と同じで、長次もきり丸の変化に気づいていた。
あまり人を寄せ付けない雰囲気のあるきり丸だが、こうやって気にかけてくれる人がいる事に何故かホッとする。
人を寄せ付けない。
それは滝夜叉丸にも覚えのある感情だったから。
滝夜叉丸にとって、その見えない壁を取っ払ったのは小平太だ。
きり丸にとって、長次がそんな人になってくれれば良いと心から思った。
「せんぱーい!遅いー!」
「そうだそうだ!遅いぞ滝夜叉丸!」
後輩に混じって一緒に叫ぶ小平太。
その姿が、妙に可愛くて滝夜叉丸は肩をすくめて微笑んだ。
「はいはい、お待ちどうさまでした。さ、花火開始だ!」
「「「いえーい!」」」
「おー」
「三之助、お前ずれっぱなしだな。」
全員違う花火を手に持ち、いつの間にか立てられたろうそくに近づける。
「そんないっぺんに火をつけようとしても・・・」
小平太の腕を制した時、金吾の花火に火がついた。
「おお!」
うれしそうに笑う金吾。
その火が今度は四郎兵衛と三之助の花火に火をつける。
シューっと夏らしい音が響き、火薬の匂いが辺りに広がった。
その美しい光景に、滝夜叉丸も見とれる。
「なあ滝・・・。」
珍しく遠慮がちにかけられた声。
「はい?」
驚いて見上げれば、少し顔を赤らめた小平太が力なく笑っている。
どうしたのかと首を傾げれば、花火に夢中の後輩を背にして口付けられた。
「!!」
驚きで声がでない滝夜叉丸に、小平太は自分の腕に置かれたままの一回り小さい手を愛おしそうに包んだ。
「だって、滝が可愛かったんだもん。」
悪びれることもなく、赤い顔で笑う小平太に怒る気も起きない。
と言うよりも、さっきの長次の姿が思い出されて、もっと小平太のそばに行きたいと素直に思えた。
自分を見つけてくれた人だから。
じわりと近寄り、小平太に寄り添う。
着物越しに感じる体温が、心地よくて力が抜けていく。
「先輩の隣は、一番緊張して一番安心できる場所なんです。」
身を預ける滝夜叉丸のあどけない表情に、小平太もやわらかい笑みを浮かべた。
「そんなに無防備だと、奪いたくなる。」
きゃきゃっとはしゃぐ後輩たちを見つめ、穏やかじゃないことを口走る。
全くもう、と苦笑した。
「私には、これ以上先輩に奪われるものなど残っていません。」
全部持っていったくせに。
そう声に出さずに呟かれては、小平太もたまらない。
「あまり煽るなよ、せめて花火が終わるまではいい先輩でいさせてくれ。」
滝夜叉丸の額に可愛い音を立てながら口付け、小平太はそっと見えぬようにその細い腰を引き寄せた。
「後で二人だけで線香花火でも静かにしよう?」
「いいですね、私は派手な花火より線香花火の方が好きです。」
微笑む滝夜叉丸を早く抱きしめたい。
小平太ははしゃぐ3人の手元に残る花火の数に、買いすぎだったと苦笑した。
その頃。
「次屋先輩、これくらいはしゃいでれば大丈夫ですか?」
「あー。うん、多分大丈夫だろう。」
「何か気を使いすぎて楽しくないです。」
「四郎兵衛そこは我慢だ。滝夜叉丸先輩にいつも助けてもらってるだろう?」
疲れたように笑う三之助に、四郎兵衛は小さな声で答えた。
「・・・・・・。」
「・・・・・・。」
「・・・・・・早く終わらせよう。」
無言で頷く金吾と四郎兵衛。
その向こう側でいちゃつく二人。
今日も体育委員会は、絶妙なバランスで成り立っている。
PR