その日。
一年生のマラソンと、四年生の実戦訓練は同じ裏裏山で行われていた。
へとへとになった一年生が休憩していると、すぐ側で刃を交える音が響く。
「こりゃ近付きすぎてるな・・・。」
山田伝蔵の一言に、一年は組みの面々はきょろきょろと辺りを見回した。
強い風がごおっと吹き付けたかと思うと、遅れて色付いた一本のイチョウの葉が、桜吹雪のように舞う。
ハラハラと散っていくイチョウの葉。
その美しさに目を見開く幼い目に、突如紫色の装束が映りこむ。
高い木の上から転落するように降りてきた姿に、思わず声が上がる。
「うわ!」
「危ない!」
悲鳴に似た声も響く中、紫色の装束二人は地面すれすれの所で見事に着地して見せた。
そればかりか、地上に降り立った途端再びその地を蹴り上げる。
もう一人が手に苦無を持っていた。
「た、滝夜叉丸だ!」
きり丸の驚愕の声が響くと、皆その人影を驚きの目で見つめる。
確かに、軽い足取りで同級生の攻撃を避けるのは、自惚れ屋と呆れられている滝夜叉丸だ。
いつにない真剣な表情と、額に光る汗。
見たことの無いその姿に、気付けばぽかんと口を開けていた。
あんぐりと口を開くは組の生徒達に、伝蔵の怒号が飛ぶ。
「お前達!呆気にとられていないで、ちゃんと上級生の手合わせを見ていろ!」
「「「はい!」」」
慌てて居住まいを正し、その行方を見守る。
二本の木を蹴り、上手い具合に枝に飛び移った滝夜叉丸を、同級生は追っていく。
どうやら、腕に腕章をつけた滝夜叉丸は防御しかできないようだ。
逆に足に黄色の紐を巻いたもう一人の4年生は、攻撃に徹している。
「この授業は、いずれお前達も経験する。防御方と攻撃方に分かれて行うチーム戦だ。」
「チーム戦なんですかぁ?」
首をかしげる喜三太。
その疑問は、皆同じ。
不思議そうな顔で見上げてくる生徒達に、伝蔵は頷く。
「ああそうだ。5対5でチームを作り、防御方には陣地が与えられる。防御方は陣地に罠を仕掛けたり、塹壕を掘ったりできる。攻撃方は陣地を攻め、その陣地ごとに与えられた旗を奪う。奪えれば攻撃方の勝ち、制限時間内旗を守りきれば防御方の勝ちだ。」
へぇぇぇっと、どこか人事の様に感嘆の声を上げた生徒たち。
「お前達もいつかやる授業だぞ!何を人事の様に聞いているんだ!!!」
ちゃんと覚えておくんだぞ!と、拳骨を受けた頭を摩り、金吾は必死で滝夜叉丸の姿を追った。
「先生!防御方は、攻撃してはいけないんですか?」
不安そうに尋ねる金吾。
見ている限り、滝夜叉丸は得意の戦輪を使っていない。
そればかりか、苦無や手裏剣も使おうとはしない。
「良く気付いたな金吾!その通りだ。防御方はあくまで防御に徹する。しかし攻撃方は防御型の陣地に2名までしか入れない等、他にも色々と取り決めがあるのだ。」
「滝夜叉丸先輩は、陣地の中なんすか?」
きり丸の問いかけに、伝蔵はむうっと顔を顰めて首を振る。
「いいや、滝夜叉丸は最後の切り札を使っているんだ。」
「切り札?」
しんべヱの間延びした声が、緊迫した情況を少し緩和した。
「ああ、攻撃方に旗を取られそうになったら、旗を持ち陣地外へ出ることが出来る。しかしそれは攻撃方5人全員が総攻撃をかけられる様になると言う事でもある。」
その言葉に、乱太郎はぎょっと目を見開く。
「それじゃあ、今滝夜叉丸先輩は5人に追われてるんですか!?」
ええええ!と一斉に上がった声。
金吾の緊張はさらに高まった。
授業であるとは知っている。
でも、5人も相手に一人防御のみを強いられる滝夜叉丸が心配でならないのだ。
いつも委員会で助けてくれる滝夜叉丸。
そんな彼が、人一倍負けず嫌いな事を知っている。
だからこそ、頑張って欲しい。
勝って欲しい!
ぎゅっと拳を握り締め、唇を噛み締めた。
その時、ドォンッと大きな大砲の音。
山の中の木々がゆれ、小鳥達が飛び立つ。
「時間だ。」
伝蔵の言葉にハッとした金吾は、滝夜叉丸の持つ旗を探す。
「先輩!」
思わず声を上げた金吾に気付き、滝夜叉丸はその心配そうな表情に笑う。
そして、胸元から赤い旗を取り出した。
「滝夜叉丸の勝ちだな。」
「す、すごい先輩!!」
嬉しそうにはしゃぐ金吾を尻目に、は組全員が駆け出す。
「すげー!ただの自惚れ屋じゃなかったんすね!」
「本当本当、自己陶酔の激しい自慢屋だけじゃないんですね!」
「グダグダ言ってるだけの、馬鹿じゃなかったんですね!」
思い思い酷い事を言ってくる後輩に、一々反論する滝夜叉丸。
「お前達!私の実力を何だと思っているんだ!おいきり丸、目を逸らすな!」
ぐいっときり丸の耳を引っ張る。
「いやーん!素敵でカッコイイ滝夜叉丸先輩、許して~~~ん!」
ふざけてしなを作るきり丸に苦笑し、疲れた顔を見せる滝夜叉丸。
(みんな!先輩は笑ってるけど凄く疲れてるんだぞ!)
むっと顔を顰める金吾に気付かず、皆わいわいと盛り上がっている。
(いつもは敬遠して遠巻きに見てるだけの癖に、こんな時だけ寄っていくなんて何かずるい!)
しかもいつも側にいる自分よりも、乱太郎たちに先に笑顔を向ける事に無性に腹が立った。
理不尽な怒りだと分かっているのに、次々湧き上がる苛立ち。
堪らずに、金吾は駆け出す。
「滝夜叉丸先輩!」
駆け寄ってきた金吾に、滝夜叉丸は一際優しく明るい笑顔を見せた。
「金吾!」
「みんな!先輩疲れてるんだから、騒がないでよ!」
大きな声で叫んだ金吾に、一瞬でその場が静まった。
「き、金吾、どうしたんだ?」
一番にうろたえたのは滝夜叉丸。
こんなに激情を晒すのは委員会でもありえないこと。
一体何をそんなに怒っているのか。
理由が分からなかった。
「何だよ、いきなり!どうしたってんだ?」
きり丸のもっともな反応に、金吾はさらに顔を赤くして地団太を踏む。
「滝夜叉丸先輩は、僕の先輩なんだからー!」
その後数日間、金吾はからかわれ続ける事となったのだった。
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